突然の英語のタイトル失礼致します(^^)
みなさんこんばんは!
あつこです。
メインの題に書かせていただいた、英語の言葉は、
「神様の目的のためにキリストにおいて私たちが創造された」
という意味です。
教会のイベントであるため(伝道のため)、神様の教えという視点を持って工作をするイベントでした。
先日から来日され、私の通う教会に滞在されている韓国の
サラン教会日本語礼拝部短期宣教チームのみなさんが企画してくださいました。
韓国の方による会なので、韓国語や、少しの日本語を交えて進行していくのかなと勝手に想像しておりました。
しかし、予想は大きく外れました。
司会進行の方は、英語をメインに話しながら進めていく予定とのことでした。
進行の方は、日本語も話すことができますが、
長年お仕事でも使い慣れている英語。
進行の、し易さは、英語でした。
韓国チームの皆さんの中でも、英語から日本語の通訳がお出来になる方がいらっしゃり、通訳についてくださる予定です。
しかし、来会する子どもたちの様子をよく知っている通訳者も必要でした。
そこでなんと!?僭越ながら私が通訳兼アシスタントを担当させていただく事になったのです!
私は自分は英語が話せないと思っておりました。
むしろ話すことができるのは私の母です!
母であって私ではない・・・・(^^;)
「娘であっても英語はそんな得意じゃないのさ♩」
「お母さん話せるのに、あっちゃん話せないの?」
「もったいな〜い、教えてもらったらよかったのに〜」
そんな言葉にも、悔しさを感じることもなく、
「英語が話せない人」
そんな役回りで、立ち回っておりました。
私が小学生の頃、私の母は近所の子どもたちを集めて自宅で英会話教室を開いておりました。
その時も友達と遊ぶのは楽しかったですが、英語に興味が湧きませんでした。
レッスンの時にやっていたカードゲームで遊んだ事、仲良しの友達とその後遊んだ事しか記憶にありません。
母が携わった生徒さんの中には、英語が好きになり、
中学生まで、楽しく英語と関わっていった姿を記憶があります。
その一方で、娘の私は、、その後、全く違う、歯科の分野に身を置くこととなっており、英語を主体的に学ぶ場面は皆無でした。
しかし最近、じわじわと、
「英語、喋らんか〜い」
「英語、勉強せんか〜い」
そのように神様に言われている気がするような出来事がよくあります。
それは、仕事での場面です。
私の働いている歯科医院では、外国の方も来院されます。
患者さんは韓国、台湾、など、アジアからの方々でしたが、
皆さん日本語より、英語が話せる、という方がほとんどでした。
日本語は世界の語学で一番難しいと言われている言葉だそうですね。
留学生の患者さんもいらっしゃって、
「英語は取得しているが、日本語は現在、(語学学校で)勉強中です、という方もいおられました。
つまり、アジア圏の皆さんとは、各国の言葉を話せなくても、英語が共通のツールとして話ができるのです。
歯科の治療は1回で終わることが少なく、何度も来院していただく事になります。
迎える医療スタッフとして、
歯科で必要性を感じた私は、
歯科用語を中心に英語が話せるスタッフさんの力を借りて教えていただいたり、英語を学ぶ機会が増えていました。
話は戻りまして、クリエイティブ工作でのこと。
韓国人のスーさんのアシスタントとして英語の通訳をさせていただきました。
→スーさんと
なぜ、英語力の乏しい私が、スーさんのアシスタントができたかと言いますと、
- 子ども向けのイベントだったから
- キリスト教の知識は、あったので内容が想像できた
- 母の英語を聞いたりしていた。話のテンポや、勢いよくいくところは、そのことで乗り切った
このことが挙げられます。
子ども向けなので、単語も単純です。聞き取りやすいスピードで英語が展開されて私も聞き取りやすく、通訳しやすかったです。
キリスト教の知識も内容としてインプットされてたので、スーさんの言葉を伝えやすかったです。
あとは勢いで乗り切りました(^^;)これは性格もあります。
英語を話さなきゃ!ではなく、目的はあくまでも、「子どもたちと工作を楽しみたい!わかりやすく伝えたい!」ということで、今回学んだことは、
・工作とは
材料に手を加えて器物を作ること。
・クリエイティブ(Creative)
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