私がおばあちゃんと一緒に教会へ行く理由

みなさんこんにちは!あつこです。

今日はブログ私がおばあちゃん家に住む理由に続く、おばあちゃんシリーズの第2弾です。

 

 

私は大阪出身です。そんなあつこは母の実家である沖縄に移住。最初は那覇に住んでいましたが、

祖母が住む那覇から20km離れた沖縄中部の街に、1年前に引っ越してきました。

 

 

クリスチャンである私は、教会を探す必要がありました。

 

しかし、心配する必要はありませんでした。祖母の通う教会がすぐ近くにあったからです。

 

たくさんある教会の中で祖母が通う教会に行くことになったのでしょうか。

 

 

 

 

目次

祖母はいつも前向き元気。祖母がクリスチャンになった背景を知りました

 

沖縄の文化を考える上で大切な「門中」(もんちゅう・方言ではムンチュー)という繋がりがあります。

門中は祖先を同じくする父系の血縁集団のことです。

共同のお墓や仏壇(トートーメー)があり、みんなで先祖崇拝を執り行う風習があります。

門中は家制度の一つですが、そこに関わる家族の人数は非常に多く、ある一族のお墓には5000人以のお遺骨が葬られているところもあるそうです。すごいですね。

 

 

なんと私の祖父は、門中の本家(方言:ムートゥーヤー)の長男でした。

祖父はその本家の長男でした。(ただし5000人のお墓のところではありません(^^;))

そんな祖父の家で、孫の私にも記憶に残っている事があります。

 

お正月やお盆になりますと普段会わない親戚の方々がお歳暮やお中元を持って訪問。

そして仏壇がある部屋に入り、拝み(方言:ウートートー)に来ておられました。

 

つまり私の祖母は、

 

そのような先祖崇拝の大切さを伝えていく象徴とも言える本家に嫁ぎながら、キリスト教に出会い、教会に通っているのです。

 

なぜなのでしょうか。

 

きっかけは私の叔母がクリスチャンになった事です。

祖母にとっては大事な娘である叔母がクリスチャンとなったことがとても影響しているのだと思います。叔母がクリスチャンになった後は私の母もクリスチャンになりました。

 

娘二人がクリスチャンになったこともあり、祖父も祖母も教会へ通うようになりました。

牧師先生の話を聞いたり教会の信徒の皆さんと交流していく中で、祖父と祖母もキリスト教を信じて洗礼(神様を信じますという儀式)を受けました。

 

文章で書いておりますと、ふわっと進んでいったような出来事のようですね。

しかし、

本家の長男とそのお嫁さんがクリスチャンになるということは、

非常に大きな方向転換でありました。

 

 

 

なぜこのような方向転換が出来たのか

おばあちゃんには、

エネルギッシュさ

生きる力

生きる知恵

が(かなり色濃く)備わっていると思います。

 

 

おばあちゃんは今年で90歳ですが、とにかく子や孫が幸せになるためならなんだってやるという気合いの持ち主でございます。

 

家族の幸せを90歳になる今でも強く願う。本当ならもう90歳になれば、「あとはよろしく、遠くから見守るわよ〜」と、ふわっとゆっくり過ごしている高齢者の方のイメージがあります。

 

 

しかし祖母は違います。

 

「おばあちゃんはね、あんたたちが幸せになってもらわんと困るわけさぁ〜!」

 

これが祖母の口癖です。

 

 

良い!と思った事があれば、すぐに実行・変更する。

そして新しい世界に順応する!(90歳の今も!)

 

イエスキリストを信じることも良いと思ったものを受け入れるおばあちゃんの気持ちが表れています。

祖先崇拝である門中としての役割。先祖を大事にする気持ちは今も変わらない。でも(親戚)人間同士の繋がりを強く持ちすぎたら心が疲れてしまう。

 

イエスキリストを信じるという事は、個人的に神様に出会うこと。

人間同士との繋がりでの失敗や成功は関係ありません。

 

祖母は祖父が生きている時代から、自宅に牧師先生や信徒のみなさんをお招きして聖書を開く会の会場としたりしておりました。また礼拝(祈り、讃美歌、聖書朗読、牧師のお話の時)では、誰よりもピンと背筋を伸ばして立っております。

 

「あっちゃん、健康のためにはね、つま先立ちが良いんだよ!」

なんと礼拝中、立つ時にはずっと前の席を掴みながら「つま先立ち」をしているというのです!

 

90歳の祖母は毎日がチャレンジです。

 

 

自分のやり方がベストじゃない、と教えてくれるスケールの大きさ

 

 

 

私も祖母のような年齢になった時、同じように気持ちの方向転換ができるのだろうか、

自分のプライドやルーティンを大事にしすぎてしまわないだろうか。

あんなにいきいきとした表情を家族に見せることができるのだろうか。

 

祖母のそばにいますと、自分の中で上記のようなことを自問自答させてもらっている気がします。

 

自分の中にある常識の殻を破る手助けをしてくれる存在が祖母なんだと思います。

 

 

私は祖母でしたが、みなさんはいかがでしょうか。

 

別に家族でなくても良いと思います。

 

今の自分の中にある常識は常識じゃないかも!と心の殻をむいてくれるような、そんな場所が見つかったら、「しめしめ」とニヤついてみてくださいね(^ー^)

 

どんな場所でも良いですね。

 

でも、ポイントは、同じ年代や同じ立場の人が集まらない所が良いかもしれません♪







一緒に成長できたら最高ですね。一緒に豊かな人生歩んで参りましょう。

これからもよろしくお願いいたします。



 

 



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この記事を書いた人

沖縄在住13年目、沖縄のお出かけ情報ならお任せください。歯科衛生士歴20年目、年間1000人以上の患者さんの歯と向き合っています。大好きな沖縄の情報、時々色々な事(歯科、聖書)をお届けします。

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